これは、うつ病・統合失調症などの精神疾患をかかえるご本人向けのメンタルヘルスマガジン
「こころの元気+(プラス)」の創刊号(2007年3月)から2009年4月まで、
「自分でできる認知療法入門」というタイトルで掲載されたものを、本サイト向けに加筆訂正したものです。
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このシリーズでは、認知療法について実践的な立場から解説していくことにしたいと考えています。
しかし、認知療法についてご存じない方もいらっしゃると思いますので、
まず認知療法とはどのようなものかという説明をしたいと思います。
「認知」というとちょっと難しい印象を受ける言葉ですが、
一般的な表現を使えば「ものの受け取り方や考え方」といった意味になります。
私たちは現実を客観的に見ているようで、実際は自分なりの思い込みで見ているところがずいぶんあります。
そして、現実に起きたことを自分なりの解釈で理解して対応しようとするために、実際の現実とずれが出てきます。
そのために、少し考えれば簡単に解決できる問題までも、考える前にあきらめてしまったり、
どのように解決すれば良いかわからなくなったりするようになります。
そのようなときに、もう一度なるべく客観的に現実を見つめ直し、
問題に対処したり解決したりできるようにするというのが、認知療法の基本的な考えです。
認知療法は、まずうつ病の治療として始まりました。
うつ状態になると、私たちは何事も悲観的に考えるようになります。
そのために、本来なら自分の力で解決できることまでも、すぐにあきらめてしまうことになります。
私の例を使って、少し説明してみたいと思います。
私は、そそっかしいので、思いがけない失敗をしてしまうことがあります。
私は講演をするとき、いつもパソコンのパワーポイントというソフトを使います。
しばらく前のことですが、講演の準備をしているときに、
事務局の人に自分のパソコンを持っていって話をするということを伝えました。
ただ、そのころ私が使っていたパソコンは、特別な接続機器が必要なものでした。
その話を事務局の人にすると、その人は会場で本当に使えるかどうか心配をされました。
もし、パソコンがつながらないようなことがあったら、せっかくいらした聴衆の方々に迷惑がかかってしまう。
事務局の人は、そう考えて不安になったのだろうと思います。
このように、現実がはっきりとわからない段階では、
良くないことが起こるかもしれないと考えて不安になることがよくあります。
うまくいかないかもしれない、つまり危険だと考えると不安になるのです。
それに対して私は、今まで問題がなかったので大丈夫だと返事をしたところ、事務局の方は安心したようでした。
危険性が減ったこと、またそれに対処できることがわかったからです。これが、
不安の認知とその解消法ということになります。
ところが、実際の講演の当日に家を出ようとしたときに、その接続機器が見当たりません。
私は、「しまった」と思いました。そのアダプターがないとパソコンはつながりません。
私としては事務局の方に大丈夫ですよと大見得を切っているのですから、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
当然かもしませんが、こころの中で自分を責め始めました。
「あんな大見得を切らなければよかった」とか、「こんなことになって恥ずかしい」とか、
「いっそのこと行かないほうがいいんじゃないか」とか、こころの中でいろいろと考えます。
そのとき私は、私なりにいくつかの解決策を考えました。
たとえば、途中でコンピュータ店に行って接続機器を買うという方法があります。
しかしこの解決策も、特殊なものだから売ってないかもしれないので、それだけでは不安です。
ところが、ここで私は他にもコンピュータを持っていることを思い出したのです。
そして、「じゃあ、2台持っていけばいいし、情報を記憶させる媒体(メモリー)を持っていって
会場のコンピュータに情報を移し替えればいい」と考えました。
これで3つの解決方法を考え出したことになります。
そこまで考えて、私はようやく安心することができました。
最初は「思いがけない失敗」のように思いましたが、最終的には「失敗」しなくてすんだわけです。
もし私がうつ状態だったとすれば、
「ああ、やっぱり自分はダメな人間だ。また、こんな失敗をしてしまった」と決めつけて、
自分を責めることになるでしょう。「もう行っても無駄だ、みんなに迷惑をかけてしまう」と考えて、
閉じこもってしまうかもしれません。
しかし、そのように決めつけてしまっては、問題は解決できません。
このようなときに認知療法では、いろいろ柔軟に考えて、問題に対処したり解決したりすることが大切だと考えます。
「やっぱり自分はダメなんだ、いつもいい加減で、もっときちんとしてないといけないのに」と思って
自分を責めたりあきらめたりするのではなく、今のように解決方法を考えていく。
そのための前段階として、認知の修正をしていくことが認知療法の重要なポイントになります。
その方法については、これから少しずつ説明していくことにしたいと思います。